No.2760

題名:今日のお題は、「雪の断章」
報告者:ダレナン

(No.2759の続き)
 あの年の冬は、例年になく雪が降り積もった。街全体が白く染まり、吐く息はすぐに凍りつきそうなほどの寒さだった。だけど、僕の心はあの頃、いつも温かかった。寛子がそばにいてくれたから。
 「ねえ、直弥」
 ふいに彼女が立ち止まり、僕の手をぎゅっと握った。凍えそうな指先が、僕の手のひらの中で震えている。 「どうしたの?」
 僕が聞くと、寛子は少し伏し目がちに雪を見つめて、ぽつりと呟いた。
 「直弥と離れたくない」
 突然の言葉に、僕の心臓が強く跳ねた。僕たちはずっと一緒にいた。学生の頃から、どんな時も互いを支え合いながら歩んできた。だからこそ、彼女がそんな言葉を口にしたことに、僕は驚いた。
 でも、その言葉の裏にある彼女の気持ちはすぐに分かった。来春、僕は遠く離れた街へ転勤することが決まっていた。大人になればなるほど、選択肢は増えるはずなのに、大切なものを守る選択肢は、逆に少なくなる気がしていた。
 「もちろん同じだよ。」
 僕は迷わず答えた。そうしないと、寛子の不安を取り除けない気がしたから。僕の手を包み込んでくれる彼女の温もりを、僕はこれからも守りたかった。
 静かに降り続く雪の中、僕たちは互いのぬくもりを確かめるように、手を繋ぎながら歩き続けた。
 それから数年が経った今でも、あの冬の記憶は鮮やかに蘇る。雪が降るたびに、あの時の寛子の言葉を思い出す。
 「直弥と離れたくない」
 あの時、僕が彼女の手を強く握り返したように、今もずっと僕の隣には寛子がいる。

今日のお題は、「雪の断章」

 
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