No.282

題名:ヒトの心の進化は、お笑いに由来するのか?
報告者:ナンカイン

 ヒトの進化においていくつかの岐路がある。その一つは、二足歩行であろうか。ただし、二足歩行は純粋に身体的な進化であると見なせるため、これが直接的にヒトにヒトらしい心理的な変化をもたらした原動力となったとは考えられないかもしれない。確かに、二足歩行により脊柱などの骨格が頭部(脳)の発達に有利に働いたことも一理あるであろう。しかしながら、前肢が欠損し、二足歩行をすることになった’ペダル’というあだ名のアメリカのニュージャージーに住むクマ1)が進化して、クマ以上らしい心理的な変化が起こることも可能性として0ではないものの、この’ペダル’が「おれは二足歩行できるんだぜ」と他のクマに自慢していることもないであろう。Youtubeに’ペダル’の見事な二足歩行への進化が見てとれるが、やはり動物のクマである。撮影した人も、動画の様子から’ペダル’との言語的なコミュニケーション(会話)は拒否している。
 ヒトの脳が大きくなり、他者との言語的なコミュニケーションが取れたことで、ヒトはヒト様の社会を作り、ヒトらしさとなったことは間違いない。ただし、ヒトが他の動物と異なるのは、自己と他者の心理を同じ枠組み(フレーム)に載せて比較できることであり、ある意味、それは他者の心理という抽象的な概念の理解でもある。それは数字ではないものの(No.271参照)、その枠組み(フレーム)が、ヒトの他者を認識するための第一歩でもある。さらに、それらの枠組み(フレーム)が多くのヒトで共有され、偶像的な崇拝となることで、多くのヒトの間で共通の抽象的な概念が生じる。それが宗教的な概念(No.102参照)へと繋がる。すなわち、テレパシーならぬパラパシー(No.230参照)を有したことが、ヒトが他の動物と異なる進化を歩んだきっかけとなったに違いない。ここで、あえて捉えなければいけない重要な事項は、その枠組み(フレーム)が、何に由来したかである。その枠組み(フレーム)の存在が何かが分かれば、ヒトの心の進化のきっかけがつかめるであろう。
 では、枠組み(フレーム)の存在は何か?
 一つは、遊び(またはエンタテイメント)(No.17も参照)、一つは、おもしろさ(No.223も参照)、一つは、恥ずかしさ(No.261も参照)になろうか。これらについて整理すると、実は遊び(またはエンタテイメント)からおもしろさが生じ、恥ずかしさからおもしろさも生じるが、おもしろさはおもしろさから生じる。何をおもしろいかという判断はヒトによって異なるが、おもしろいことは笑いに繋がり、結局はお笑いがヒトの心の進化にとって重要であったことが推測できる。すなわち、お笑いがヒトの他者の心の概念を具体化するきっかけとなった可能性がある。それがよく分かる図を示す。pdfでは分かりにくいが、実に的を得た図である。ぜひ、テキスト版で確認していただきたい。

What-is-EP

図 心の進化とお笑い3)

 文化的な背景が異なっても、お笑いの壺が同じであれば、必ず昨今のテロ活動もなくなるであろう。そう祈りたい。その流れで言えば、実はお笑い芸人の方々は、ある意味、地球を守っているヒーローのかもしれない。

1) http://douga.narinari.com/2016/06/5155/ (閲覧2016.7.6)
2) https://www.youtube.com/watch?v=Mk-HHyGRSRw (閲覧2016.7.6)
3) http://www.evoyage.com/Whatis.html (閲覧2016.7.6)

 
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